HotFarm

ブログにお引越ししてます。ほぼ幻水TKアスクロです。

結婚するちょっと前のアスクロのような。
長さとか雰囲気とか、私的に一番気に入ってる話です。




* romanticist *

城内の広けた場所でのいつもの訓練は、どこか緊張げに行われていた。
『魔道兵』と呼ばれまだ日が浅い若者たちは、いつもより一段と威勢のよい声で、時には上擦り、ときには淀みながらも向かい合っての訓練に励んでいた。
彼らの身に一様力が入り、に緊張するのも無理がない話である。

「確か、ゴルヌイ殿が来るのは明日だったな」
クロデキルドは唐突に話題を変えた。
訓練の場から少し離れた木陰の下でぴんと背筋を伸ばし立つ彼女は、話をしながらも視線は若い魔道兵たちから逸らすことはない。
今まで交わしていた魔道兵団の近況から頭を切り替え、隣に立つアスアドは女王の話に続いた。
「ええ、朝には到着すると聞いています」
「朝か。今晩は会議が色々詰まっているし、お前と打ち合わせる時間もないな」
「と、言いますと?」
クロデキルドはついと、アスアドに視線を向ける。
魔道兵団の様子を見に来た女王としての瞳をそのままに、クロデキルドは口を開く。
「だから、明日の件だ」
「……ゴルヌイ殿と面会する場所や時間の段取りは既に終えておりますが」
「そうではない」
クロデキルドは目を細める。
木々の葉の間を漏れ入ってきた午後の光が、彼女の緑色の瞳を控えめに輝かす。
「私たちの意見は統一しておいたほうがいいと思うんだ」
「……意見、ですか」
「そうだ」
「そうですね……。俺の意見としては、まずはクロデキルド様のご希望に従おうかと思ってましたが」
アスアドは顎に手を当て、空を見上げる。
気持ちいいくらいに晴れた青空には、輪郭がぼやけた雲たちがゆったりと漂っていた。
「俺があれやこれや意見するのも何だかおかしいかと思いまして」
「そういうもの、だろうか?」
「一般的にはそうでしょう。女性側のこだわりを尊重するものだと思います」
「……こだわりか。それがないから困っているんだ」
固く結ばれていた女王の唇が、自嘲気味に緩む。
「まったく、ないのですか?」
「まったくないな」
「……はぁ」
「呆れただろう?」
「呆れてなどいませんよ。ただ、そういうものなのかと思っただけで」
「そういうもの、みたいだ」
「そうですか」
クロデキルドも空を見上げる。
職務中といえ、アスアドと二人で話せる時間が取れてよかった。この意識あわせがなければ、明日ゴルヌイを前にして、意見を持たない者同士で延々と譲り合いをしてしまうところだった。多忙な時間を割いてアストラシアまで来てくれるゴルヌイに対して、それはあまりにも失礼な応対だ。
「本当に、何もないのですか?」
空に浮かぶ雲からクロデキルドへと視線を移し、改めてアスアドは尋ねる。
「ほんのちょっとしたことでも構わないのですが」
「そうだな……」
雲の形から何かいいアイデアでも浮かばないだろうかと、クロデキルドは雲の様相を見つめる。
が、ふんわりと優しく空を彩る雲たちは、形を変えることもなく西の方へとゆったりと流れていくだけだった。実のところ形は少しずつ変わっているのだろうが、この距離ではそれを捉えるのも難しい。
不意に、魔道兵たちからわっと声が上がり、その直後にポンっとコルク栓を抜いたような音がした。
顔を向けると、杖を抱えたままのポーズで後ろ向きに転んでいる小柄な魔道兵が視界に入る。どうやら魔力の制御がうまくいかなかったらしい。
アスアドが駆け寄ろうと一歩足を踏み出したところで、魔道兵の一人がこちらへ顔を向け手を上げて制す。何年も見知った顔だ―――アスアドが赴任した頃から魔道兵団に所属し切磋琢磨していた者だったな、とクロデキルドは思い出す。
若手の指導は彼が主体となって行っているようである。
転んだ若者は軽やかに立ち上がり、照れ笑いを浮かべながら服を払っている。その横では同期と思われる青年が笑いながら肩を叩いていた。
「大丈夫そうだな」
アスアドは小さく息を吐き、踏み出した足を元に戻した。
それを合図に、時間が元通りに流れ出す。
未熟な魔道兵が作ってくれた時間の中で、クロデキルドはふと、かつての経験を思い出した。それは、何らかの舞踏会だか懇親会だかのときに無理に正装をさせられた時のことだった。
一歩足を踏み出すごとに腰や腕に纏わりつくドレスは存在を自己主張してきて窮屈だったし、わざわざ歩きにくくしているとしか思えない高いヒールの感触に、内心では舌打ちをしたくなっていたものだった。
「―――そうだ」
これだ、とクロデキルドはひらめく。
「どうしました?」
「アスアド、さっきの話だが……」
「クロデキルド様のこだわり、でしょうか」
「こだわりと言うものではないが、強いて希望をあげるとするならば……」
「はい、何でしょうか……!?」
アスアドの声音が上向きになった。期待に満ちた声だった。
その気持ちに応えることはできないだろうと後ろめたさを感じつつも、期待の眼差しに急かされクロデキルドは続ける。
「利便性……だろうか」
「……。利便……性?」
「ずっと身に着けるものだろう? だからまずは日常の妨げにならないシンプルなものがいいと思う」
左から二番目の指を斑な影に沿ってなぞりながら、クロデキルドは『強いて』の希望を列挙する。近い将来にここに身に着ける重さ数グラムの存在―――いくらそれが大事なものであっても、四六時中窮屈にさせるものなのは御免だ。愛想を尽かしては元も子もない。
「さらに欲を言えば性能だな」
「性能……」
「私が戦時中身につけてたあれは……確かルビーだったかな? 前線から身を引いたとはいえ、やはり剣士としてルビーをあしらったものを身に着けておきたいとは思う。攻撃力は馬鹿にできないからな」
「……えっと」
アスアドがなにやら口を挟もうとするものの、クロデキルドはそれを遮りうーんと思考する。
「魔力があがるのは何だったか」
「魔力を上げるにはエメラルドか月光石ですね。……って、クロデキルド様」
「その辺だな。アスアドの場合はその辺をあしらったものがいいと思う」
「あ、あの……」
「ん?」
顔を薬指に向けたまま、瞳だけアスアドの方へと向ける。
アスアドは困惑したような残念そうな、でも妙に納得したような色々な感情が入り乱れた表情をしていた。
「その……何といいますか」
「やはり呆れているな?」
「呆れていませんよ。呆れていないのですが、その……。利便性と性能以外で、こだわりはないのでしょうか」
「これでも意見を搾り出したつもりなのだが」
「たとえば、大きさとか素材とかデザインとか」
「シンプルであって長持ちする素材ならいい。デザインはこだわらない」
「……」
なんと、必要最低限な―――もとい、夢のない希望であることか。
落胆を覚えた胸の内を見透かされないようにと、アスアドは精一杯表情を崩さない努力をした。
だが、この応答は実に彼女らしい。
一生に一度の機会だと言うのに、はじめて手にする揃いの装飾品だと言うのに……剣の道に一本筋に生きてきた女王陛下は、結婚指輪という、恥ずかしい表現で喩えるならば『二人の永遠の愛の証』というものに、あまり興味がないようである。
そうだと思ってはいた。そして、まさに彼女のそういうところに惹かれるのではないか―――アスアドは染み入るようにそう思わされてしまった。
世間の大半の女性と違い『結婚』と言う儀式に対してそれほど熱意的ではない。自分のペースを崩さずに淡々と、机上で設計図を描くようにすらすらとこなしていく。周りに流されたり背中を押されたからではなく、あくまでも自分の意思で、冷静に決断し、夫婦としての契りを結ぶ。
いちいちこの人は行動が美しいのだ。
物事の本質を一直線に捉え、軸からぶれない行動をする。そんな彼女だからこそ、自分が選ばれたときには自分の本質を認めてくれたものだと心の底から嬉しく思えたのだ。
そう、そんなところが好きだ。
だが一方で……どこか期待をしていたのかもしれない。
毅然とした女王としての顔の裏側に、ロマンチストな女性の顔がかくれんぼしているのではないかと。
指輪のディティールに対しあれこれ意見するとは思っていなかったが、細部に譲らないこだわりがあったり、裏に彫る刻印はこのキーワードを入れたいという願いがあったり、それを『絶対に譲らないぞ』と少しむくれながら、アスアドに真剣に説得を試みたり……などと、妄想していた、らしい。
だが、現実は現実だった。クロデキルドは自分が愛した性質そのものだった。

ああ、ロマンチストなのは俺の方だったようだ。しかもダントツ優勝で、だ。

「……アスアド?」
クロデキルドを見つめピクリとも動かないアスアドに、クロデキルドは首をかしげ声をかける。
「あ、あぁ……」
思考の海に飛び込み勝手に溺れていたアスアドは、クロデキルドが垂らした釣り糸にようやく引き揚げられる。
「だから、アスアドの希望通りに決めてくれて構わないぞ?」
会話の続きらしい。
そしてこれはとどめの一言。やはり彼女の無関心は現実だった。
「そうですか……」
夢は完全に潰えた。反射的にアスアドは小さく返事を返した。
……が、やっぱり駄目だと首を振る。
これから一生を添い遂げる彼女に対して、曖昧な態度のまま先に進めたくない。

ロマンチスト、上等ではないか。
自分はロマンチストであると認めていい。だから、譲らない。
彼女の指に永遠に居座らせてもらう自分との絆だからこそ、譲りたくない。絶対に。

「では、俺の希望を言わせてもらいます」
「……なんだ、やっぱり希望があるんじゃないか。隠していたな?」
茶化すようにクロデキルドは微笑む。
「クロデキルド様が夢をお持ちであれば、それを尊重しようと思っておりました」
アスアドの真剣な表情と強張った声に、クロデキルドも笑みもそっと影を潜める。
彼の話をしっかりと聞こうと、アスアドの瞳をじっと覗き込んだ。
「しかし、クロデキルド様は利便性と性能に対するこだわりしかお持ちではないのですね」
「ああ、まぁ……」
「でしたら、俺なりのこだわりをたくさん反映させていただきます」
「……もとからそうしてくれて構わないと言ったつもりだが……」
アスアドの両手が、そっとクロデキルドの左手を包み込んだ。
左手に訪れた熱の篭った感触に、クロデキルドは言葉を切る。
されるがままに手を握らせ、再び顔を上げた。
「それほどまでにこだわりがあったんだな」
「はい」
「言ってくれればよかったのに。それは、どういったこだわりだ?」
「……」
ぎゅ、と、クロデキルドを覆い隠す褐色の両手に力が入る。
木漏れ日が作る斑な影の中でもその変化がわかるほどに、アスアドの頬が赤く染まる。
「クロデキルド様の……貴女の白い肌に似合う、美しいものにしたいです」
「……私のか? お前の分は」
「俺の分などどうでもいいです。クロデキルド様と揃いであれば、それで十分です」
「……変なやつだな」
分かった、アスアドの希望どおりでいい、とクロデキルドは頷いた。
「気が済むまでこだわってくれ」
「ありがとうございます」
ここでやっと、アスアドは微笑んでくれた。つられてクロデキルドも笑う。
自らの褐色の手が包むしっとりとしたぬくもりを感じながらアスアドは考える。陶磁ような美しい白い手に似合う形は、色は、大きさはどんなものだろうか――。
明日はゴルヌイと徹底的に話し合おう。自分のセンスに任せるだけでなく専門家の意見も取り入れたい。それからフレデグンドに意見を聞いてみてもいい。女性ならではの視点での考えを聞けるかもしれない……。アスアドの思考はフル回転した。
その思考の末端も読み取ることはできないが、あれこれと考えるアスアドの表情は幸福に満ちている。婚約者のその表情にクロデキルドも心が暖かくなり、自然と頬が緩んだ。
女王陛下と魔道兵団総帥の間にゆるやかな沈黙が続く。
そのまましばらく時間が経過し、クロデキルドはふと異変に気付く。
先程までBGMにしていた、威勢のいい声が聞こえてこないのだ。
「……ん?」
視線をそちらへ移すと、数十もの瞳とぱっと目が合った。
体力トレーニングにあたる訓練メニューを終えたらしい魔道兵たちが、一様にぽかんとこちらを見ていたのだ。
「……っ!! あ、アスアド……離せ」
「えっ? ……あ。!!??? ……す、すいません……!!」
アスアドは大慌てで手を引っ込める。そしてすかさず、クロデキルドと二人でここにいる当初の目的を思い出す。
そう、臣民を愛する女王は自分たちの訓練を見るために、わざわざこの一角まで足を伸ばしてくれていたのではないか。
そして自分はアストラシア魔道兵団の総帥だ。若者の指導は他に任せていると言えども、女王が目にしたがっているのは、自分が手塩にかけて育ててきた部下たちの勇姿ではないか。
わざとらしく咳払いひとつして、アスアドは好奇の眼差し向ける兵たちに次の指示を飛ばした。
「りょうかいでーす」
兵たちは表情を緩ませながら、愉しげに総帥の命に応える。
やれやれ、しばらくはこんな光景を見せ付けられちゃうのかな、と先程転んだ小柄な青年が小さく呟いた。


翌日、二人分の採寸のために城に入ったゴルヌイは、予想外にも新郎役の人物に足止めを食らってしまうことになる。
「わしを信用せんかああああぁいい!!」「わしが性能や利便性だけで装飾品を作ると思っておるのかぁあああああ!!!」
職人のプライドにかけてゴルヌイは一喝したのだが、それでもと彼は必死で食らいついてきたのだ。
何度も何度も大声の応酬を繰り返すうちに、折れたのはなんともゴルヌイのほうだった。

「よっしゃああああああ!! おんどれの装飾品にかける気持ちと剣の姫への愛情はようわかったぁあああああ!! わしの最高傑作をとどけてやるから、式まで安心してまっておれぇええええええええ!!」

深夜のファラモン城の客間の廊下には、こんな感銘を受けたゴルヌイの声が響きわたったという。





乙女度はアスアド>>クロデキルドだよね、というお話w
これはオフィシャルだから仕方ない。

ただ、指輪もらった後、指にはめた指輪を嬉しそうに一人眺めるクロデキルドと、そのクロデキルドを見て萌えるフレデグンド、という光景が繰り広げられてほしい。
当のアスアドはそれを見ることはなく。なぜなら不幸キャラだからw

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