HotFarm

ブログにお引越ししてます。ほぼ幻水TKアスクロです。

つむじプレイなうですが、バレンタイン終了1時間前くらいでネタがヒュンと舞い降りたので
とりあえずめげずに書いてみました。
絵師であることを忘れつつありますが、文章。アスクロ…のような、もの。

* brown sugar *

重ねられた食器を落とさないよう、注意を払いながら廊下を一人歩く。
こつこつという足音は、自分のものしか聞こえない。それはそうだ。夕食の時間もとうに終わり、みな暖かい布団にもぐりはじめる時間なのだ。
来期の予算編成の山場といえど、ハフィンをはじめとした部下たちにこのような時間まで執務を強制させてすまなく思う。それにしても、彼らはほんとうによくやってくれている。
迷惑をかけているのは部下だけではない。連日夕食の時間になると侍女が夜食として軽食を届けてくれるのだ。毎日訪れる顔が異なっているので、自分たちはたくさんの人に支えられ心配されているのだと、ありがたくもあり申し訳なくもあるところだが。
せめて使用した皿くらいは洗って返却しようと厨房へと向かっているところだが、洗い場の水桶に水は残っているだろうか? もしなければ、井戸から汲まねばならない。真冬夜半の寒空の中、井戸水を汲むのはできれば避けたいのだが…。
ああ、俺も早く布団にくるまってあったまりたい―――そう思うと、廊下を進む足の動きも早くなるというものだ。

「……ん?」
厨房へ続く廊下にさしかかったところで、俺は足を止めた。
厨房から光が漏れている。このような時間に誰かいるのか、それとも明かりの消し忘れか―――という二択が頭に浮かんだものの、後者は瞬時に候補から消える。廊下に漏れる甘い匂いとかちゃかちゃと遠慮がちに響く金属音。中に人がいるのだ。
このような時間にいったい誰が? と厨房へ足を踏み入れた。
「……あっ」
厨房いた人物があまりに想定外だったため、俺は声を上げてしまった。
「クロデキルド様……?」
相手も、このような時間に声がかかると思っていなかったのだろう。こちらに向けていた黒装束の背中がびくりと震え、金髪がふるりと揺れる。
振り返ったクロデキルド様の目は見開かれている。その瞳が数秒間俺の姿を捉えたあと、何故か目を逸らされた。
「アスアド……」
「このような時間にいかがなされたのですか?」
至極当然の疑問が口をつく。寝付けないからちょっと散歩でもと立ち寄る場所にしてはおかしい……それ以前に散歩なはずがない。廊下まで伝播していた甘い匂いの発生源は彼女だろう。広い厨房には彼女以外の姿はないのだし、この匂いの強さは調理が現在進行形であることを物語っている。つまり…

クロデキルド様が夜中に料理を―――? 納得の行く理由が思いつかなかった。

「アスアドこそ、なぜこのような時間に」
クロデキルド様の疑問ももっともだ。だが俺には説明ができる明確な理由がある。
「夜食に使用した皿を洗いにと……思いまして」
その目的を伝え、クロデキルド様の方へ足をすすめる。目的地は彼女の立つ調理台の奥にある洗い場だ。
「そうか」
クロデキルド様は近づいてくる俺をじっと見つめる。瞳の色は興味と言うより警戒の色。俺の動きに合わせ身体の向きをかえていくその動作は、調理中の食材を背中で隠す目的だとあからさまに物語っていた。
「……」
クロデキルド様は隠したいようだし、あまり詮索するつもりはなかった。しかしこのように隠し立てされると逆に気になってしまう。尋ねてはいけないかと思いつつも、口が勝手に動いた。
「なにを作っていらっしゃるのですか?」
好奇心が勝ったと言うより、手伝えることがあれば手伝いたいという気持ちが先立っての言葉だ。もちろん、料理の内容や目的も気になるが……。
「……それは」
クロデキルド様は、俺から視線を外した。床を泳ぐ視線は次の言葉を探しているようで……踏み込み過ぎたと悟る。
「申し訳ありません。今のは取り消してください」
彼女の回答を待たず、俺は頭を下げた。
彼女の役に立ちたいが、それは俺の勝手な願望に過ぎない。クロデキルド様がそれを望まないのであれば、身を引く。
ジャナムにいた頃は多少でしゃばりはしたが、今となってはこの方針は曲げるつもりはない。
クロデキルド様は俺に目線を戻し唇を開く。
「私がこのようなこと。おかしいと思うか?」
理由ではなく、唐突な質問が俺に投げかけられた。
「え?」
「見れば分かるだろう……チョコレートを作っていたのだ。もっとも、作ると言うよりはチョコレートを暖めて型に流しこむだけなのだが」
チョコレート??? なぜチョコレートを……それにクロデキルド様が作ることがおかしいって?


ああ、そうか。


明日は、女性が意中の男性や恋人にチョコレートを送り気持ちを伝えるという日だったか。
部下たちも心待ちにしているようなことを言っていたが、あまりに忙しくて頭の片隅からすらも抜け落ちていた。
それにしても。
「アストラシアにもあったんですね」
今はなき祖国との共通行事があったことに、驚きを覚える。
「ああ。私が生まれた頃はそれほどでもなかったが、ここ十年ほどは盛んだな。産業が活気づくのはいいことだが……私も、フレデグンドや侍女たちから毎年チョコレートをもらっている」
『友チョコ』というらしい、というクロデキルド様の言葉に俺も頷く。これもジャナムにあった文化だ。ここまで共通事項があるというのは、歴史や慣習に縛られない新しい文化だからこそかもしれない。
「それで」
お返しを作っているのですね、といいかけて、俺はその言葉を飲み込んだ。
お返しなどと馬鹿げたレスポンスだと、視界が捉えた情報が訴える。調理台に用意されている材料は、彼女が受け取ったものに対するお返しにとうてい足りない。それに、このような遅くの時間に、女王陛下自身がお返しをつくろうなどと誰も思わないだろう。
つまりこれは。

「……」

ああ、と思う。
彼女は誰かのために。誰かにあげるためにつくっているのだ。

クロデキルド様はまったく料理をされないと、ほかならぬ本人の口から聞いた気がする。そんな彼女が自らの手でつくるチョコレートなのだ。
それは、フレデグンド様や侍女が彼女に贈るいわゆる『友チョコ』といわれるものとは毛色が違って。

「……」
クロデキルド様には、そんなひとがいるのか。


なんだ、そうか。


なにもおかしいことではない。
クロデキルド様が誰かを想っている、それはなにもおかしくなんかない。
手に持っている皿が倍の重さになったような感覚に陥る。ずしりと、重い。

納得し、理解し、飲み込んで。俺は―――微笑む。

「それで……順調なのですか?」
いつもどおりを装い、クロデキルド様に尋ねる。
「え?」
「クロデキルド様はあまり料理はされないと聞いていますので。よろしければなにかお手伝いが出来ればと思いまして」
「……なにを」
いっているんだ、とクロデキルド様はつぶやく。
弱まる声に、プライドに傷をつけたかと胸が痛む。しかし、それでも―――彼女の想いは果たしてさしあげたいと思った。もうすぐ日付が変わる時間であり、時間の猶予はないのだから。
俺は、クロデキルド様の肩越しに調理台を覗き込む。彼女の背中の真後ろには大きな鍋があり、その中には液状化したチョコレートの入ったボウルがあり……横には、チョコレートを流しこむための型がある。
なるほど、特殊な形のチョコレートとはこうやって一度溶かして型に流しこんで作るのか、と手順を理解する。
「……」
俺が調理台を見てたせいか、クロデキルド様はすべてを開示する気になったようだ。身体を脇に避け、チョコレートの入ったボールを指し示した。
「まずチョコレートを溶かさねばならんのだが、この寒さだと湯がすぐに冷めてしまってな……。湯を沸かすうちにチョコレートが固まって、溶けきらぬうちに湯が冷えてまた沸かしての繰り返しで一向に先に進まない」
なるほど、湯煎でチョコレートを溶かしていたのか。そして、すべての型に流し込むまで液状を維持する必要があると。
「そういったことでしたら簡単ですよ」
俺は両手で鍋に触れた。ひんやりとした金属に対抗するように熱を込める。もちろん、体温で沸騰させるなどという夢物語ではなく、魔道という理論的な解決方法で。
「湯を温めるなど造作もないことです。これで、チョコレートは溶けた状態を維持できます」
この程度の魔道であれば、一晩使用しても大丈夫だ。その間、クロデキルド様が型にチョコレートを流し込む作業に手こずったとしても、固まってしまうこともない。
「……」
クロデキルド様はボウルに入っていたスプーンを手に持つ。液状化をはじめたチョコレートの海で、スプーンがぬるりと動く。このまま魔道を送り続け温度を上げれば、チョコレートも扱いやすい状態となってくれるだろう。
「……」
スプーンでチョコレートをかき混ぜるクロデキルド様は無言だ。
俺はその横顔を見る。不機嫌そうなクロデキルド様の御顔―――やはりプライドを傷つけてしまったようだ。
ぐるぐると円を描くスプーンの軌跡をじっと見つめる瞳は複雑な思いを携えて光る。きゅっと結ばれた唇は、何かを言おうと開かれるものも閉じられる……こと数回。
「……これでは意味がないのに」
十分にチョコレートが溶けきったころに、クロデキルド様の唇もとけ、小さな台詞が零れた。
ひとりで作りきらないところに、不満を感じているらしい。
「俺はサポートしているだけです。チョコレートを作っているのはあくまでもクロデキルド様でしょう?」
だから気にしなくてもいいではないですかと微笑む。
「……もういい」
ため息をつき、クロデキルド様は茶色の液体をスプーンで掬った。


零れないように気遣いながら。ひとつひとつ、ゆっくりと彼女の愛情で満たされていく。


正直に言うと羨ましいさ。
このチョコレートを受取る男の首根っこを掴んで殴ってやりたい。
殴らずとも、二言三言、百万言程度は嫌味を言ってやりたい。


だが、そんな醜悪な思いよりも、どこかほっとした暖かな気持ちが身体を満たしていく。
戦場に身を置くことを余儀なくされ、戦後も国のために身を粉にしているクロデキルド様が。こうやって、ふつうの女性と変わらぬ感情を抱いて、想い人に贈るためにチョコレートを作っている。
幾度と無く耐え忍んでおつらそうな御顔を見てきたのだから。ひとときだが解放されたようで、それが嬉しかった。
たとえ想いを届ける相手が、自分ではないとしても。

―――あんたはそういうところが馬鹿なのよ、なんて言われたのはいつの頃だったか。
お人好しだとか、そんなだから「いいひと」で終わるのよだとか、言われたっけ。

でも、それでいいじゃないか。
クロデキルド様がが笑っている。それで十分だ。

「……よし。あとは固まるのを待って、ラッピングをすれば終わりだな」
彼女にとってこの作業は、手練の剣士と手合わせをするよりも緊張したものだったのだろう。大きく息を吐くクロデキルド様は一仕事終えた晴れやかな顔をなさっていた。
「そうですね」
ラッピングであれば、俺が手を出す必要もないだろう。手を出し過ぎると彼女も煮え切らないものが残るだろうし、できるところは自分でやっていただいたほうがいい。
「では、俺はここで失礼しますね」
「……うん。ありがとう……助かった」
「いえ」
脇においた皿に使用済みの調理器具を乗せ、洗い場へと踵を返す。
あっというクロデキルド様の声が背中越しに聞こえるが、聞こえないふりをする。
真冬の冷水など、彼女に触れさせるわけにいかない。
……これは、チョコレート作りに直結しないのだから、OKラインだろう。

隣の小部屋にある洗い場まできて、明かりをつけ、笑顔を解く。
水で満たされた桶に食器一式をつける。あぁ、冷たい―――。

「……アスアドは、明日、実地訓練だったか」
壁一つ向こうから、クロデキルド様の声が聞こえた。
「ええ、そうです」
ボウルを磨く手を止め、俺は壁に向かって返事をする。
「城に戻るのは夕食のころか」
「いえ。山を2つほど越えた先の訓練場での訓練ですから明日は戻りません。明後日の夕方頃の戻りになるかと」
「明後日か……。了解した」
何が了解なのだろうか。アスアドは首を傾げる。
言葉にせずとも疑問符が壁の向こうに届いたようで、しばらくしてクロデキルド様がそれにこたえてくださった。
「一日過ぎてしまうが仕方ないな。明後日そなたが城に戻るころに、これを持っていく」
「……え?」
これ? チョコレートのことか?
クロデキルド様は何を言っているんだ? なぜ?

!!!!!!
まさか!!!……いや。待て。


上空に向け発射した銃弾のごとく一気に舞い上がりそうになるものの、両手を蝕む冷水のおかげで冷静な思考を取り戻す。
そんなわけないじゃないか。
クロデキルド様が俺に惚れるはずがない。ジャナムでは立場に縛られ何も助けられなかったし、同じ団に属してからも彼女にとって俺はその他大勢の仲間でしかなかっただろう。いまだって、弱々しい芽が地に出た程の魔道兵団の、総帥なんて肩書きも仰々しいほどの地位で、やっていることとえば国の予算を食っているだけ。そんな俺などを。
クロデキルド様が惚れるはずがない。
「……お気になさらないでください」
壁の向こうに、虚勢を張る。
それに、手伝ったお礼だというならばそれこそ不要だ。湯を暖めるという役割を全うした程度では、彼女の手作りチョコレートひとかけらももらう資格などない。

クロデキルド様の返事はなかった。

顔を合わせたとして、きっといつもどおり笑えるけれど。
彼女の手作りの愛情をもう一度目に触れてしまっては、耐えられる自信がなかったから。

おやすみなさい、とだけ挨拶し俺は厨房をあとにした。



[end]

もどかしいすれ違いも好き。

(2012/02/15)

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